このブログでは以前、渡邊雄太選手の学生時代の成績についてまとめました。
そこで渡邊雄太がプレップスクールに通っていたと紹介しましたが、他にもプレップスクールに通っていた日本人バスケットボール選手がたくさんいます。
ということで今回の記事では、プレップスクール出身の日本人バスケ選手をまとめて見ていきましょう。
押さえておきたいポイント
"プレップスクール出身の日本人選手"を理解するために押さえておきたいポイントはざっくりとこんな感じです。
ではこれらの疑問をしっかりと解決できるように、"プレップスクール出身の日本人選手"を紹介していきます。
プレップスクール
まずはプレップスクールについて改めて紹介しておきます。
日本人選手がプレップスクールに通う理由についても見ていきましょう。
プレップスクールとは
日本ではあまり聞き馴染みのないプレップスクールという学校。
プレップスクールをざっくり日本語に訳すなら、「大学進学のための準備学校」といった感じです。
日本人にとって「大学進学のための準備学校」といえば予備校や学習塾ですが、アメリカにはそういった受験勉強のための予備校がありません。
なのでレベルの高い大学に進学したい学生は私立のプレップスクールに通い、大学進学に必要なカリキュラムを重点的に学んでいきます。
またアメリカの大学進学には、学業の成績だけでなくクラブ活動やボランティア活動などの実績も非常に重要。
そのためスポーツや部活動に力を入れているプレップスクールも多く、大学進学を目指す学生アスリートにとって魅力的な環境が整っているんです。
学年に特徴がある
日本と同じようにアメリカの高校でも高校3年生(Grade12)で卒業するのが一般的です。
しかしプレップスクールには、高校卒業後のPG(Post Graduate)という学年が設置されている場合があります。
つまり他の高校を卒業した学生でも、PGとしてプレップスクールで大学進学の準備をすることが出来るということ。
日本人選手たちが高校を卒業した後にプレップスクールに通えているのは、このPGという学年があるからなんです。
そのあたりの流れも図解で確認しておきましょう。
ここで紹介している流れはあくまで一例ですが、頭に入れておくとプレップスクール入学から卒業後の様子がイメージしやすいと思います。
日本人選手がアメリカに挑戦した際にはどういった流れでそこに至ったのかという点も注目してみて下さい。
\ NBA Rakutenが無料!/楽天モバイルのキャンペーンを見る
プレップスクールとアスリートの関係や、プレップスクールに通うメリットなどについて詳しく紹介した記事もあります。
より踏み込んだ解説に興味がある方は是非こちらもご覧下さい。
プレップスクール出身の日本人選手
ではここから本題であるプレップスクール出身の日本人選手たちを見ていきましょう。
卒業後の進路などもまとめて紹介します。
並里成
- 2005-2008:福岡第一高校
- 2008-2009:サウスケント・スクール
- 2009-2011:リンク栃木ブレックス
- 2011-2015:琉球ゴールデンキングス
- 2015-2016:大阪エヴェッサ
- 2016-2018:滋賀レイクスターズ
- 2016-2018:滋賀レイクスターズ
- 2018-:琉球ゴールデンキングス
Bリーグでプレーする並里成選手はプレップスクール出身者です。
福岡第一高校時代にU-18日本代表としても活躍していた並里選手は、高校卒業後スラムダンク奨学生第1号としてアメリカのサウス・ケントスクールに進学しています。
入学当初は全く英語が話せずなかなか出場機会にも恵まれませんでしたが、ベンチから積極的に声を出すなどサポート面で貢献していたそうです。
スター選手として日本で活躍していた頃とは異なる泥臭いプレーを身につけたことで、並里選手のプレータイムは徐々に伸びていきました。
その頃には試合を観に来た大学のコーチからも目をかけられていましたが、英語力の問題から大学への進学が厳しい状況に。
帰国時にJBLのリンク栃木ブレックスからオファーが来たこともあり、並里選手は日本のプロチームでプレーしながら目標のNBAを目指すという選択肢をとり現在に至ります。
並里選手のプレップスクール時代については、スラムダンク奨学金のホームページも是非ご覧下さい。
渡邊雄太
高校時代から日本代表として活躍していた渡邊雄太選手は、田臥勇太選手の後押しもありアメリカ挑戦を決意。
地元神奈川県の強豪である尽誠学園高校を卒業後に、プレップスクールのセントトーマス・モアに入学しています。
渡邊選手も渡米当時は全く英語が話せませんでしたので、バスケの練習もしつつ英語の勉強にも取り組みました。
現在NBAで活躍するエリック・パスカルは当時のチームメイトです。
そういったハイレベルな環境で成長を続けたことにより、2014年の全米プレップ招待選手権では1試合平均13.4得点4.3リバウンドの大活躍。
チームを大会準優勝に導き、大会のオールトーナメントチームにも選出されています。
その結果、渡邊選手の元にはNCAAディビジョン1のフォーダム大学やジョージ・ワシントン大学からオファーが。
見事奨学金付きのオファーを勝ち取った渡邊選手はジョージ・ワシントン大学に進学し、夢であるNBAへと歩みを進めました。
シェーファーアヴィ幸樹
- 2013-2016:セントメリーズ
- 2016-2017:ブルースター・アカデミー
- 2017-2018:ジョージア工科大学
- 2018-2019:アルバルク東京
- 2019-2020:滋賀レイクスターズ
- 2020-:シーホース三河
高校でバスケを始めてから僅か3年で日本代表に選出され、「リアル桜木花道」とも称されるシェーファーアヴィ幸樹選手。
身長2m超えという恵まれた体格のシェーファー選手は、インターナショナルスクール時代のクラブチームで国際大会に出場しています。
その頃から日本代表にも声がかかるようになり、セントメリーズ・インターナショナルスクール卒業後にはアメリカの名門ブルースター・アカデミーへと入学しました。
ブルースター・アカデミーといえばプレップスクールの中でもバスケの超強豪校として有名です。
まだバスケ経験が少なかったシェーファー選手にはあまり出場機会が与えられなかったものの、強豪校ということで大学スカウトの目にとまる機会はかなり多かったそう。
その結果マサチューセッツ工科大学など複数の大学からオファーがあり、NCAAディビジョン1の名門ジョージア工科大学へと進学します。
世界トップレベルの学業とバスケを両立していたシェーファー選手ですが、ジョージア工科大学でも出場機会には恵まれませんでした。
自国開催のオリンピックに出場するという夢を叶えるため2018年に日本へ帰国し、Bリーガーとして見事東京オリンピック出場を果たしています。
テーブス海
- 2014-2015:東洋大学京北高校
- 2015-2016:ブリッジトン・アカデミー
- 2016-2017:ノースフィールド・マウントハーモン
- 2017-2019:ノースカロライナ大学ウィルミントン
- 2020-:宇都宮ブレックス
Wリーグ富士通レッドウェーブヘッドコーチのBT・テーブス氏を父に持つテーブス海選手。
彼は高校2年生のときに、京北高校からプレップスクールのブリッジトン・アカデミーへと転校しています。
日本では既に全国大会でも活躍していた海選手でしたが、いきなり強豪校に入るのではなく高校2年生の自分でも出場機会が期待できるブリッジトン・アカデミーを選んだとのこと。
実際ブリッジトン・アカデミーではトライアウトに見事一発合格し、高校2年生ながらスターターとして活躍することができました。
その翌年にはプレップスクールの強豪校ノースフィールド・マウントハーモンからオファーがあり転校。
ハイレベルな環境で2年間プレーを続けた結果、ディビジョン1のノースカロライナ大学ウィルミントン校から声がかかります。
ウィルミントンでは1年目からスターターして出場し1試合平均7.7アシストを記録していたものの、次第にもっと高いレベルのチームでプレーしたいという思いが募っていったそうです。
いま自分が選べる選択肢の中ではBリーグが最もレベルの高い環境だと考えた海選手は日本へと帰国し、特別指定選手として宇都宮ブレックスに入団することとなりました。
モサク・オルワダミロラ・雄太・ジョセフ
長い名前が特徴的なモサク・オルワダミロラ・雄太・ジョセフ選手。
ナイジェリア人の父と日本人の母を持つモサク選手は現在アメリカ挑戦の真っ最中です。
そんなモサク選手は地元埼玉のインターナショナルスクールに通っていた頃にバスケを始め、中学生の頃から部活以外にもクラブチームなどでプレーをしていました。
バスケが上手くなるにつれて次第にアメリカでプレーしたいと考えるようになり、高校1年生のときにニュージャージーに住む叔母のもとへ単身渡米します。
ニュージャージーの高校に通いアメリカで約1年半ほどプレーした後、日本に帰国した際に応募した第13回スラムダンク奨学生に見事合格。
本来は高校卒業後に留学する予定でしたが、なるべく早くアメリカでプレーしたいということで1年前倒しの高校3年生でセントトーマス・モアに編入しました。
井上雄彦氏がアメリカ視察に来た際に直訴したことで留学期間が1年延長され、合計で2年間セントトーマス・モアに在籍することになったそうです。
コロナ禍でNCAAディビジョン1からのオファー見込みが不透明だったこともあり、卒業後には全額奨学金オファーがあったNCAAディビジョン2のストーンヒル大学へ進学しています。
既にストーンヒル大学でも試合出場を果たしていて、2021年11月には第11回スラムダンク奨学生の小林良選手が在籍するブリッジポート大学との対決も実現しました。
須藤タイレル拓
彼はプレップスクール出身ではなく、今まさにプレップスクール在籍中です。
小学生の頃から横浜ビーコルセアーズのユースチームでプレーしていた須藤選手は、地元の強豪横浜清風高校へと進学。
高校2年生のときにスラムダンク奨学金に応募し、モサク選手とともに第13回スラムダンク奨学生に合格しました。
ちなみに高校3年生のときに編入したモサク選手とは異なり、須藤選手が渡米したのは高校卒業後の2020年8月。
そこからまだ1年ほどしか経ってっていませんが、抜群のスピードや決定力を武器にアメリカでも既に注目の選手となっています。
超強豪ブルースター・アカデミー戦において36得点の活躍でチームを勝利に導いた試合は、日本のバスケファンの間でも話題に。
先日須藤選手はSNSにて、NCAAディビジョン1のノーザンイリノイ大学へコミットしたことを発表しました。
テーブス流河
- 2020-2021:報徳学園高校
- 2021-:ノースフィールド・マウントハーモン
最後に紹介するのはテーブス流河選手です。
先述したテーブス海選手の弟で、現在は兄が在籍していたプレップスクールのノースフィールド・マウントハーモンに留学しています。
東京の実践学園中学でU15日本代表とNBAアカデミーに選出された流河選手は、兵庫の報徳学園高校へと進学。
報徳学園では1年生から主力としてチームを牽引し、2年次のインターハイではエースとして活躍しました。
高校2年のインターハイが終わった2021年、より高いレベルで自分を試すためにアメリカへ。
ノースフィールド・マウントハーモンではアシスト能力やゲームメイク能力を発揮するなど、自身のスキルに磨きをかけているようです。
既にNCAAディビジョン1のペンシルベニア大学やコロンビア大学からオファーを貰っているとのこと。
流河選手の今後の活躍にも注目したいと思います。
今回紹介した選手の他にも、数多くの選手がプレップスクールを経験しています。
- 谷口大智
- 矢代雪次郎
- 山崎稜
- 村上駿斗
- 猪狩渉
- 酒井達晶
- 鍵冨太雅
- 小林良
- ホール・百音・アレックス
- 木村圭吾 など
中には現在もアメリカで挑戦を続けている選手がいますので、そういった日本人選手たちにも是非注目してみて下さい。
\ NBA Rakutenが無料!/楽天モバイルのキャンペーンを見る
最後に
「まとめ」カテゴリーでは他にもNBAに関してまとめた記事を投稿していますので是非覗いてみてください。
(参考)
http://slamdunk-sc.shueisha.co.jp/
https://news.nifty.com/article/sports/athletic/12290-597870/
https://4years.asahi.com/withbasketball/featured/14439978
https://www.hs-basketpress.com/153/usapress/usapress3aauvol3